将棋棋士 vs AIの戦いを振り返る〜名人が敗れるまで〜

2005年〜2015年あたりは、まさに「将棋棋士 vs AI(人工知能)」で大きく盛り上がった時代でした。

今となっては「AIは人間を完全に上回った」と見られる方が大半となりました。
しかし、2000年頃は「AIが人間を超えるはずがない」と見られる方が大半…という時代でした。
(1996年、プロ棋士への「プロ棋士がAIに負ける日はいつか?」というインタビューで羽生七冠(当時)が「2015年」と、ほぼ正確に予測したという話は有名ですが。)

何にせよ、まさに光速の勢いで、AIはめきめきとその実力を伸ばしてきたのであります。
そこで、今一度「将棋棋士 vs AI」の歴史について、個人的にターニングポイントであったと思われる出来事を簡単に振り返ってみようと思います。

※以下、棋士の方々の肩書きは全て当時のものです

2007年:大和証券杯特別対局

◯渡辺明竜王 vs ●Bonanza

タイトルホルダーとAIのハンデ無し対局が公に行われたのは、これが最初であったと思われます。
「王と他2駒の位置関係」「隣接した2駒の位置関係」など、いわゆる「特徴量」を人間が設計し、プロの対局を大量に読み込ませることで、特徴量ごとに点数を付けるという、いわゆる「機械学習」が用いられています。

結果は112手で渡辺竜王の勝ち。
人間が貫禄を示したものの、プロから「奨励会三段レベル」(=プロ1歩手前)という声も挙がるほどの実力であることが示されました。

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2010年:情報処理学会50周年記念対局

●清水市代女流王将 vs ◯あから2010

女流棋士の第一人者、当時タイトルホルダーであった清水女流王将との対局が行われました。
本局は「激指」「GPS将棋」「Bonanza」「YSS」という4つのコンピュータ将棋の多数決(ソフトごとに重み付けあり)で手を決めるという方針が取られました。

「あから2010」が△3三角戦法というあまりメジャーでは無い戦法を持ってきましたが、これはプログラマの方があらかじめプログラムしていたようで。
それに対して「コンピュータに、人間の意思を入れていいのか」という意見も挙がったようですが、先述した「特徴量」も結局は人間の意思で決めている訳ですから、問題ないでしょう。

結果は86手で「あから2010」の勝ち。女流のトップも破ったことで、いよいよ現役プロとも十分戦える実力がありそうだと認識されました。

2012年:第1回将棋電王戦

●米長邦雄永世棋聖 vs ◯ボンクラーズ

当時の日本将棋連盟会長、米長永世棋聖との対局が組まれました。
既に引退棋士ではありましたが、名人獲得や四冠を同時に保持したこともある超トップ棋士です。

本局は米長永世棋聖が2手目△6二玉(新米長玉)という、対コンピュータ用の特殊な作戦で挑みました。
AIが学習してきたプロ棋士の対局データベースに存在しない手を指すことで、AIを惑わせるという意味が強いと思われます。
賛否両論ではありましたが、理にかなっているのではないでしょうか。

無論、過去の同型が無い中で指し進めなければいけないのは人間にとっても大変なのですが、そこはやはり人間の持つ「経験値」「創造力」が存分に発揮される展開です。

中盤までは互角に進めていたものの、米長永世棋聖に1手ミスが出て、そこから一気に形成が傾いてゆきます。

結果は、113手でボンクラーズの勝利。
米長永世棋聖はコンピュータに破れ、この対局の行われた年末に69歳でお亡くなりになりました。

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・・・こうして、これらの結果を受けて、いよいよ現役プロとAIの対局が実現することになりました。
翌年から「プロ棋士5名vsコンピュータ将棋5台の対決」という、一大イベント「第2回電王戦」が開催されます。

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2013年:第2回将棋電王戦

◯阿部光瑠四段 vs ●習甦
●佐藤慎一四段 vs ◯ponanza
●船江恒平五段 vs ◯ツツカナ
△塚田泰明九段 vs △Puella α (引分)
●三浦弘行八段 vs ◯GPS将棋

コンピュータ将棋同士の強さを競うトーナメントでトップ5に入ったソフトと、選ばれしプロ棋士5名の対決です。
この第2局で、遂に「現役プロ棋士がAIに破れる」瞬間が訪れることになりました。
間違いなくこの瞬間は「将棋棋士 vs AI」の重要なターニングポイントで、佐藤四段の投了直後は涙を浮かべる方々も多くいらっしゃいました。

第4局の塚田九段の対局も大変熱かったですね。
第3局まで終わった時には人間の1勝2敗。ここで負けてしまうと人間の負け越しが決定します。
そんなプレッシャーの中で挑んだ塚田九段でしたが、対局では大きく劣勢になってしまいます。
そこで、当時のPuella αにとっては対応が難しいとされていた「入玉」の作戦に切り替えます。
しかし、対局当日のPuella αは、入玉にも対応できるようにパワーアップしていました。

最後の望みも絶たれたかと思われた中、段々とPuella αの挙動がおかしくなっていきます。
やはり「入玉に対応した」とは言え、まだまだ入玉の戦いを熟知する所までには至っていなかったのでしょう。
そしてPuella αは駒をぼろぼろと取られてゆき、塚田九段は必敗の局面から持将棋(引き分け)にまで持っていきました。

塚田九段に「人間の執念」というものを見せつけられ、賛否両論はあったにせよ、私は塚田九段のその姿に大いに感動しました。
棋譜としての美しさは無かったのかもしれませんが、勝負師としての美しさを存分に見せつけられましたね。

そして第5局は、現役A級棋士の三浦九段との対局とのことで、大いに盛り上がりました。
相手のGPS将棋は、約700台のコンピュータを並列接続させるという、ある意味「力技」とも取れる作戦で来ます。

結果は矢倉の戦いからGPS将棋に新手が出て、そのまま押し切ってGPS将棋の勝利。
遂にコンピュータは時のA級棋士も破りました。

この戦いは人間の1勝3敗1分で幕を閉じました。
そして、当時の将棋連盟会長、谷川九段から「AIは既にプロ中位以上の実力」と評されることになります。

ルポ電王戦 人間vs.コンピュータの真実

2015年:将棋電王戦FINAL

◯斎藤慎太郎五段 vs ●Apery
◯永瀬拓矢六段 vs ●Selene
●稲葉陽七段 vs ◯やねうら王
●村山慈明七段 vs ◯ponanza
◯阿久津主税八段 vs ●AWAKE

最後のプロ5名vsコンピュータ5台の対決です。
この対戦は全体的にプロが本気で対コンピュータ用の作戦を準備してきた戦いが目立ちました。

2局目の、永瀬六段の「角不成」によってコンピュータの誤動作による反則手を誘発。
5局目の、阿久津八段のあえて序盤に馬を作らせ、数手かけてそれを召し捕るという作戦にコンピュータが引っかかったことにより、ほんの21手で開発者権により投了。

電王戦FINALは人間の3勝2敗で終了。人間が意地を見せました。

・・・そして、この戦いの半年後、2015年10月に情報処理学会は「コンピュータ将棋プロジェクトの終了宣言」を発表しました。
超トッププロと直接の対局は実現していないにせよ、今までの結果を総合的に鑑みれば「AIはトッププロに勝ち越すだけのレベルに達している」・・・と考えられ、「将棋」という1ゲームに特化したAIの開発は終了する・・・という宣言です。

これが発表された当時は、直前の電王戦でコンピュータが負け越していたという事実も相まってか懐疑的な意見も多くありました。
しかし、コンピュータ将棋の成長度合いを見れば、おおよそこのあたりには「プロ棋士に勝ち越す」実力があったことは事実でしょう。

2017年:第2期電王戦

●佐藤天彦名人 vs ○ponanza

チーム戦で行う「電王戦」は2015年で終了し、2016年からは将棋の新しいタイトル戦「叡王戦」の優勝者が、コンピュータ将棋大会の優勝ソフトと対局する、というシステムに変更となりました。

その第2期の優勝者は時の名人、佐藤天彦名人でありました。
ここにきてついに、「名人 vs AI」の構図が出来上がります。

結果は、名人の2連敗。
時の名人が破れたことにより、先述の「終了宣言」に懐疑的だった面々も沈静化することになります。
前年の2016年に、将棋より複雑な囲碁の分野でもAIがトッププロを打ち負かしていたこともあり、ここで「AIは将棋棋士の実力を完全に上回った」と結論付いたのではないでしょうか。

これにて「将棋棋士 vs AI」の催しは完全に格付けが済み、終了することとなりました。
以降は「AIと人間の協力プレイ」であるとか、駒落ちや持ち時間の差をつける「ハンデ戦」という形では今後も行われる可能性がありますが、公の場で、フェアな条件下で対局が行われることはおそらくもう無いでしょう。

こうして、また1つ時代は変わってゆきました。
しかし、AIに敗北したとは言え、将棋棋士の皆様の凄さや価値は変わることはありません。

下記の本、将棋棋士のAIとの向き合い方を様々なプロ棋士にインタビューし、それをまとめた書籍となります。
素晴らしい書籍で、私は3回ほど読みました。

何はともあれ、私はこの「AIが人間を超えた瞬間」を生で感じることの出来た、この時代に生きた事をとても誇りに思います。

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